使役態とは?(使役文) |
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目次使役態(causative voice)
ヴォイスのうち、動詞語幹に使役を表す接辞「-(s)ase-」を付加し、能動文の表す事態の成立に影響を与える主体(使役者)を主語としてとるものを使役態といい、使役態の文を使役文と言います。使役文では使役者(使役の主体)と被使役者(動作の主体)が(省略されない限り)文中に示されます。しかし、使役者は対応する能動文には現れません。 (1) 先生が 学生を 帰らせた。 (2) 父親が 息子に 働かせた。 (3) 母親が 息子に 部屋を 掃除させた。 (1)は述語の動詞に「-(s)ase-」が付加されており、かつ使役者「先生」が「学生が帰る」という事象を引き起こしています。(2)(3)も同様で、このような文が使役文です。 使役文を作る動詞の形態的特徴使役の形態素「-(s)ase-」を具えている「動詞の使役形」が述語に来ることによって使役の根幹をなします。 動詞の使役形 動詞の使役短縮形 例 五段動詞(子音語幹動詞) 動詞語幹 – ase – (ru)動詞語幹 – asase – (ru) 動詞語幹 – as – (u) 書かせる書かさせる書かす 一段動詞(母音語幹動詞) 動詞語幹 – sase – (ru) 動詞語幹 – sas – (u) 食べさせる食べさす サ変動詞 suru → sase – (ru) sas – (u) させるさす カ変動詞 kuru → kosase – (ru) kosas – (u) 来させるこさす使役形は、五段動詞は語幹に -ase-(ru) もしくは -asase-(ru)、一段動詞は語幹に -sase-(ru) を付加します。「する」は「させる」、「来る」は「来させる」です。動詞は使役形にすると一段動詞化します。使役形に現れる -e- が欠けて「書かす」「食べさす」等の短縮形になると五段動詞化します。 五段動詞の使役形に現れる使役接辞「-ase-」に「-sa-」が挿入され、「-asase-」になった語形はさ抜き言葉と呼ばれています。 使役文の文型使役文を文型の面から観察すると、3種類あることが知られています。次の例を見てください。 (6)a 学生が 帰った。 <能動文> b 先生が 学生を 帰らせた。 <使役文> (7)a 息子が 働いた。 <能動文> b 父親が 息子に 働かせた。 <使役文> (8)a 息子が 部屋を 掃除した。 <能動文> b 母親が 息子に 部屋を 掃除させた。 <使役文> 自動詞文を使役文にすると、(6b)のように〔-が-を〕型になることもあれば(7b)のように〔-が-に〕型になることもあります。また、他動詞文は〔-が-に-を〕型の他動詞使役文に対応します。使役文は自動詞と他動詞で異なる文型を持ち、自動詞使役文は2つの文型、他動詞使役文は1つの文型をとります。これらの能動文と使役文は次のような規則的な転換によって成り立っています。 能動文 Xが 自動詞辞書形 ↔ Zが Xを 自動詞使役形 自動詞使役文① Xが 自動詞辞書形 Zが Xに 自動詞使役形 自動詞使役文② Xが Yを 他動詞辞書形 Zが Xに Yを 他動詞使役形 他動詞使役文他動詞の能動文を、自動詞使役文①と同じく使役者を「が」、被使役者を「を」にして使役文にしようとすると、例文(8)は「母親が 息子を 部屋を 掃除させた」となりヲ格が重複してしまいます。その重複を避けるため、他動詞使役文では被使役者を「に」で表す格関係の調整が起こります。 これらの能動文と使役文の対応関係は次のようにまとめられます。 能動文 Xが (Yを) 動詞辞書形 ↔ Zが Xを 動詞使役形Zが Xに (Yを) 動詞使役形 使役文 使役文の意味誰かがある事象を引き起こす場合は「Xが~する」、誰かが何かに働きかける場合は「XがYを(に)~する」と述べますが、それらの事象が当事者でない第三者によって引き起こされることを表すときは使役の表現が使われます。第三者(使役者)は当事者が引き起こす事象とは関係のない存在として蚊帳の外にいるイメージです。このイメージにおける使役者が<当事者が引き起こす事態>に対する関与の濃淡によって、強制・命令、任意・許容、放任・放置などの程度が決まるようです。 (9) 私は車を走らせた。 <他動>(もはや能動的) (10) その一言がみんなを驚かせた。 <原因>(ある事態がきっかけで別の事態が引き起こされる) (11) 軍が兵を進軍させた。 <強制・命令>(事態成立を望んでいるとは限らない) (12) 息子を大学に行かせた。 <任意・許容>(事態成立を望んでいる解釈が可) (13) 従業員に休みを取らせた。 <放任・放置>(事態成立を望んでいる解釈が可) (14) 戦争で息子を死なせた。 <有責>(自然発生的) (15) ホームランを打たせてやった。 <強がり>(もはや受身的) 使役者と<当事者が引き起こす事態>の関与が最も濃いのは、自動詞の受身形を他動詞として用いることで他動詞文と同じ文型になったものです。この文型には使役表現こそ含まれますが、その意味は使役者が能動的に事態の成立に関与しています。(10)のような使役文はある事態がきっかけとなって別の事態が引き起こされることを表すものです。 関与の度合いが間接的になると典型的な主従関係に似て、使役者は使役するだけで事態の実現に向けて直接的に働きかけなくなります。代わりに言葉や身振りなどを伴って使役者が被使役者に何かを強制し、間接的に事態の成立に関与します。(11)のような例文では強制・命令の意味合いが強く現れます。上下関係などの基づく使役はその命令にある程度の強制力を持つことになるため、被使役者が望んでいない行為の使役に解釈可能です。 命令されて行動するとしても被使役者が望んで行っている場合があり、それが(12)(13)です。このタイプの使役文も使役者が被使役者に指示・命令したり、操ったりして行為の実行を促しますが、その命令はそれほど強くないため、強制というよりも任意・許容、放任・放置といった意味が現れます。 使役文の中には、使役者が被使役者に対して働きかけるわけではなく、被使役者の側で自然発生的に起こる(14)のような使役文があります。その結果は使役者にも巡るので結果的に関係するとは言えますが、使役者は事態成立にはほぼ関係していません。このタイプの使役文は使役者が有効な対策を講じなかったり、そもそも気づかないうちに事態が進展したために望まない事態が生じたような場面で用います。事態成立にほぼ関与しないといっても、使役者に責任の一端があるような感じに映るのが特徴で、よく「~てしまった」と共起して後悔を表します。 (15)のような使役文は、事態の実現によって被害を受けたのにも関わらず受身表現を用いず、自分がわざとそうさせたのだ、といった意味を表すために使役表現を用いるタイプです。例えば「ホームランを打たれた」というと体裁がよくないので、「ホームランを打たせた」と言ってあたかも自分が意図的に実現させた事態かのように扱い、強がっているような意味合いが現れます。使役者が事態に関与しないのにも関わらず使役文を用いる例です。 使役文の語用的条件使役文は使役者が被使役者に働きかけてその行為を行わせることを表しますが、日本語では誰かが誰かに何かをさせたい場面だからといって必ずしも使役表現を使うとは限りません。 (16) 彼にピアノを弾かせた。 (尊大使役文) (17) 彼にピアノを弾いてもらった。 (謙譲使役文) 例えば「ピアノを弾いてほしい」と依頼をし、友人がピアノを弾いた場面ははたから見ると使役行為なので(16)のように言うことができますが、実際は「~てもらう」「~ていただく」を用いて(17)のように言うことが多いです。使役形を使った(16)は前者は行動の決定権が使役者にあるように映り、強制的かつ尊大な印象を受けますが、(17)は行動の決定権が被使役者にあるため、謙譲的で強制力が薄く、聞き手や聞き手以外に対する配慮が感じられます。はっきりとした上下関係があって明らかな使役行為だとしても、「~てもらう」が使われやすい傾向はあります。 参考文献日本語記述文法研究会(2009)『現代日本語文法2 第3部格と構文 第4部ヴォイス』くろしお出版 寺村 秀夫(1982)『日本語のシンタクスと意味Ⅰ』くろしお出版 |
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